木曽川のほとりの城下町

日本列島のちょうど真ん中のあたり、愛知県と岐阜県の県境を流れる木曽川。

そのほとりに立つのは、室町時代の築城以来、今でも現存最古の木造天守閣が残る犬山城。

犬山は、古くからその城下町として栄えてきました。

 

山々と街が調和する、日本ラインの風景

犬山の町周辺と木曽川は、ドイツとフランスの国境を流れるライン川のほとりの風光明媚な景色によく似ていることから、別名「日本ライン」とも呼ばれます。

犬山城の天守に上がれば、木曽川の悠々とした流れと、その源である深い山々、そして流れの先にある、平野の街々の風景を同時に楽しむことができます。

 

木材を運んだ川湊の歴史

犬山には、木曽川の川湊として、木材を運んだ歴史があります。

長野や岐阜の山から切り出した木材を筏にし、川の流れを利用して、人々の暮らす町へと運んだのです。

川の左右を囲んでいた山が開け、流れが広く穏やかになり、平地へと至る。

ちょうどその境目に、犬山の町が位置しています。

そのため、犬山城下の犬山湊は、木曽檜などの優れた木材を都市へと運搬する要所でした。

現在でも、材木運搬の拠点であった地域には「材木町」という地名が残されています。

 

自然と人をつなぐ場所、犬山

山深い地域と、たくさんの人々が暮らす平野の大きな街。

犬山は、そのふたつをつなげる土地として、古くから機能してきました。

犬山は「自然と人とをつなぐ境目」「山と人との交差点」だったのです。

 

現代では、交通網が発達し、川を利用して運搬を行うことはなくなってしまいました。

それでも、自然にも人の暮らしにも近いこの土地だからこそ生まれてきた独自の文化が、今もこの町には根付いています。

 

 

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